Glossary in Japanese
(translation: Ryuta Yamamoto, Takashi Shimura & Yuzo Hirose)
Capabilities Approach
ケイパビリティ―ズ・アプローチ
ケイパビリティ―ズ(潜在能力)・アプローチは,アマルティア・センとマーサ・ヌスバウムが提案した「人間厚生経済学」に基づく考え方です。人間の成長を,思考と行動の両面において自律・自由を獲得するプロセスとして捉えています。
この考え方を教育に当てはめてみると,自由であるかどうか,色々と自由にこなせるかどうかという観点から,人間の潜在性を見ることになります。例えば,読み書きができることはその基礎といえます。
ケイパビリティーズ・アプローチを用いると,例えば,ある国で女性が基礎教育を受けられない場合,そこで失われる人間の潜在能力とは何かを示すことになります。
GeoCapabilities
ジオケイパビリティー
ジオケイパビリティーによる人間の潜在性育成には,地理的な知識や概念を専門家的な方法で考える能力や,論証する能力の育成が含まれています。
ジオケイパビリティーは,教育を受ける人の成長・発達において,地理的知識や地理的思考が果たす役割を示します。ケイパビリティーがある人とは,学問に基づいた見方・考え方によって世界を深く考える人です。地理的知識は,日常体験を超えたところにある世界の理解を手助けするものです。
ここに「ケイパビリティー」が,チームワーク,コミュニケーション,プランニングといった汎用的能力(generic competencies)や,応用可能スキル(transferable skills)とは異なる点があります。
アマルティア・センと同じように,私たちは測定・評価のための「ケイパビリティー」の一覧表を作成しようとは思いません。地理的(あるいは科学的,歴史的,芸術的)に考えることは,一覧表におさめることなどできません。
しかし,地理的概念や地理的見方・考え方は,世界を見る新たな方法を示してくれますし,力強い洞察を可能にしてくれます。これは人間の潜在性の発達にとても重要なものです。なぜならば,私たちの生活を左右する選択や決定に対して,より鋭い批判的省察を可能とするからです。
Curriculum Making
カリキュラム・メイキング
カリキュラム・メイキングは,カリキュラム・シンキングの実践表明です。カリキュラム・シンキングの特徴のひとつは,「目標」または「ゴール」を示すことです。そのため,ある特定の学習内容や活動で決められる授業計画とは異なり,カリキュラム・メイキングは,より長期間でのゴールを目指します。授業計画に比べるとより戦略的であるといえます。教師は,生徒が地理的に考える力を獲得するよう,学習指導の要領を超えてカリキュラムを設定します。
カリキュラム・メイキングはそれゆえ,バランスをとるという専門職的な活動です。教師はいくつかの相反する優先事項のバランスを保つ必要があります。たとえば,生徒のニーズや興味,教科の目的や特色,一般教育な優先事項から,シティズンシップ教育や健康教育のような学校教育の社会的目的にいたるまで,様々な事項のバランスをとります。
カリキュラム・メイキングは,アングロサクソン系のカリキュラム研究の伝統に由来する構築物です。ジオケイパビリティーは,北欧ゲルマンにみられる伝統的教科教授と類似したコノテーション(暗示的意味)とモチーフを持っています。
Curriculum Leadership
カリキュラム・リーダーシップ
カリキュラム・リーダーシップは,カリキュラム・メイキングと関連しています。カリキュラム・シンキングに携わる教師はカリキュラム・リーダーである,といえます。カリキュラム・リーダーシップの実質的な成果が,効果的なカリキュラム・メイキングです。
ジオケイパビリティーにおいて,教師は,カリキュラム・リーダーであるという専門職的な責任を有しています。カリキュラム・リーダーシップが欠如した状況下では,子どもや若者の「力強い学問的な知識(PDK)」の成長は想像しがたいものです。
Curriculum Advocacy
カリキュラム・アドボカシー
アドボカシー(支持,提言)とは,特定の教育課程や方針に対する支援表明であり,その教育課程や方針が達成されるための提案を行うことです。
カリキュラム・リーダーシップを持つ教師は時に,同僚や校長,保護者や生徒に自らの考えや行動を説明します。これがカリキュラム・アドボカシー(提言)です。教師にとって,カリキュラムを提言する最も有力な方法は,自らの専門職的な行動を通じて具体的に示すことです。
Curriculum Artefact
カリキュラム・アーティファクト
「カリキュラム・リーダーシップ」で重要なことは,カリキュラム・アーティファクト(生成物)を特定できること,創造できることです。カリキュラム・アーティファクトは特に重要な教材です。
多くの情報を含み,生徒の反応を呼び起こすようなビデオ,詩,文章,図,地図,グラフなどが,カリキュラム・アーティファクトとして選ばれます。
一連の授業を例えば「生態系」と見なすと,カリキュラム・アーティファクトは,その生態系における一部分といえます。しかし同時に,鍵となる重要な部分でもあります。私たちは,「カリキュラム・アーティファクトが創造されている,作られている」という言い方をします。なぜなら画像,グラフ,文章などの教材は,そこに含まれるポテンシャルを理解し,利活用できる,知識豊富でスキルのある教師の介在を必要とするからです。
Powerful Disciplinary Knowledge (PDK)
力強い学問的知識
「力強い学問的知識(PDK)」とは,人々が世界を理解し解釈し,世界について考えることを可能にする,抽象的・理論的な知識の形態です。PDKは,学問的な研究分野から引き出された理念や概念から導き出されるものです。地理教師のような専門家である教師は,オルタナティブな将来を考え,説明し,予測し,創造するために,地理的知識をどのように利用・活用するかを生徒に教えます。PDKは,専門的かつ概念的な知識であることに加えて,反論の余地が残されているという性質を持っています。そのためPDKは,知識豊富でスキルある教師によって教えられなければなりません。また,それゆえにPDKは,偶然の出来事や日々の体験といったインフォーマルな状況では,ほとんど学ぶ機会はありません。
Vignette
ヴィネット
(ヴィネット(Vignette)とは,)地理授業におけるPDKの簡潔な短編事例のことです。地理授業は以下の観点から分析され,記述されます:
「PDKはどこに含まれているのか?」
「PDKの知識はどのように発達するのか?」
教師用ジオケイパビリティートレーニングウェブサイトには,さまざまなPDKヴィネットが掲載されています。そこでは,教師が様々なトピックやテーマについて考え,解釈し,理解するにあたって,「力強い地理的知識」を明確にしておくことの重要性が示されています。
Subject Didactics
教科教授学
「教科教授学」(あるいは「教科に関する教授学」やドイツ語のファッハディダクティックFachdidaktikに該当するもの)は,ある特定科目における教えること,勉強すること,学習することを探求する学問領域です。地理教授学は,地理を教えること,勉強すること,学習することに関心を寄せています。「教授学」や「教科教授学」という表現はドイツ語に由来していますが,北欧ゲルマン諸国でも広く使われています。
教科教授法は,学問分野における中核的な理念を,教育的な目標へと広くつなげる方法です。そのため地理教授法は,学問分野としての地理学を教育の方法・科学へとつなげるものです。その重点は,地理の教科的特色を理解することと,教育実践において地理の見方・考え方を応用することにあります。
Thinking Geographically
地理的思考
地理的思考は,地球が単なる「経験の場所」であるよりもむしろ「思考の対象」であることを,若い世代に示します。地理的思考は,場所,空間,環境といった構成概念を体系的に示すことで,世界の様々な文脈を考察する手助けをします。また,「地球上の人文現象と自然現象」という本質的な概念が,その関係論的なつながりという観点を手がかりとして,ローカルからグローバルまで様々なスケールにおいて探究されます。地理的思考は,「深い」事実的記載に基づく世界の知識,関係論的な理解,応用的な思考の組み合わせによって可能となります。
Three Futures
3つの未来
3つの未来〔未来1,未来2,未来3〕とは新たな発見を手助けする思考ツールで,これによると,以下のような3つのカリキュラムのシナリオが想定されます。
3つのシナリオは,ある意味では「カリカチュア」(誇張した画)といえますが,しかし大方のカリカチュアと同様,そこには真実が含まれています:
未来1は,固定的で議論の余地ない「与えられた」知識から構成される内容伝達カリキュラムです。教師は「事実」を伝達します。
未来2は,多くの場合,内容伝達カリキュラムの欠点に対する反応です。教科は形式ばることをやめ,汎用的スキルが最も前面に押し出され,学び方についての学びが上位目標となります。
未来3は,教師(「学びのファシリテーター」以上の存在)の責任を取り戻すものです。しかし,未来1とは異なり,知識には議論の余地があり,ダイナミックで,討論が起こりやすくなっています。生徒は,どうしたら「より良い」知識を見極めることができるか考えるよう促されます。
ジオケイパビリティーは「力強い学問な知識」によって支えられた第3の未来のカリキュラムを支持します。これは参画型カリキュラムといえます。